
付箋でしか会話できなかった夫婦が、
“家族と仕事”どちらも大逆転した話
50代・女性(専業主婦 → 経営者向けエグゼクティブ・コーチで起業)
付箋でしか会話できなかった夫婦関係を再生し、夫婦で会社を立ち上げるまでに回復
7つの習慣実践会は通算1,000回・延べ1,000名以上が参加
家族・兄弟・相続など、複雑な人間関係改善に多く関わる
7つの習慣アカデミー協会の会員歴:10年以上
7つの習慣に
本格的に出会う前の私は、
とにかく精神的に
追い詰められていました。
夫との関係は
ほとんど破綻。
娘との関係も悪化し、
ついには息子までおかしくなっていき…。
家の中には
重い空気が流れていました。
一時的に良くなったと
思ってもまた崩れる。
「どうして私の人生はこうなるんだろう」
そんなことを考えながら、
毎週図書館に行き、
借りられる最大冊数の書籍を借り、
ひたすら本を読み続けていました。
本を開いている
“その瞬間だけ”気持ちが安定する。
本を閉じると不安が押し寄せる。
“読んでいないと崩れてしまいそう”
そんな不安定な日々でした。
夫が研修でもらっていた
『7つの習慣』との出会い
ある日、
本棚を整理していたとき、
見覚えのあるタイトルが目に入りました。
『7つの習慣』
10年以上前に、
夫が外資系企業の研修で
もらってきたものでした。
何気なく開いたその本に、
私の人生を揺るがす
一文がありました。
「問題を自分の外に見るとするならば、
その考えこそが問題である。」
私はずっと思っていました。
「夫が悪い」
「子どもが悪い」
「私は大切にされていない」
でも、本当の問題は
“見方そのもの”だった。
その衝撃が、
私の人生を静かに動かし始めました。
「このままでは壊れる」と感じ、東京行きを決意
Facebookを
見ていたとき、
偶然「7つの習慣アカデミー協会」の
講座を見つけました。
投稿にコメントしていたのは、
以前セミナーで知り合った方。
すぐ連絡をとると、
「絶対やったほうがいいよ」と
背中を押してくれました。
当時の私は専業主婦。
金額も、
東京への一泊二日も大きな決断でした。
迷う私に、
夫は言いました。
「行っておいでよ。子どもは僕が見るから。」
この言葉が、
私を大きく前へ進ませてくれました。
ついていけず、懇親会にも行けなかった最初のころ
初回の講座は、
正直まったくついていけませんでした。
周りは本を読み込んでいる人ばかり。
私はショックで読み始めたばかり。
懇親会に誘われたけれど、
「復習しないとついていけない」と
ホテルへ戻り一人で勉強。
それでも、原則を生活に当てはめるうちに
少しずつ変化が訪れました。
● 娘との会話が変わった
● 夫を責める気持ちが減った
● 家の空気が柔らかくなった
その小さな変化が、
本当に嬉しかったのです。
娘との関係が“敵対”から“応援し合う関係”へ
当時、
娘は大学受験の真っ最中。
中学時代から成績のことで何度も衝突し、
私は
「何とかしなきゃ」と必死でした。
しかしある時、
私は力を抜きました。
「高校に行かなくてもいい。
大学に行かなくてもいい。
あなたの人生なんだから。」
手放した瞬間、
娘が自分で立ち上がったのです。
養成講座の最終試験の日、
娘から届いたメッセージを
私は一生忘れません。
「私も頑張ってるから、お母さんも頑張ってね。」
敵対関係だった私たちは、
“応援し合う親子”
へ変わっていきました。
付箋でしか話さなかった夫が、
銀婚式でバラの花束をくれた
夫婦関係が
最悪だった頃、
私たちは会話ができず
必須の共有事項も
付箋で行っていました。
そんな私が講座で描いた未来像は、
「銀婚式の日、夫からバラの花束をもらう私」
夫には
一言も伝えていませんでした。
そして迎えた銀婚式。
食事中、
店員さんが バラの花束 を持ってきたのです。
色は想像の赤とは違い
アイボリーでしたが、
結婚25周年を象徴する25本のバラ。
ミッションステートメントに描いた
未来そのものでした。
「第一の創造は必ず第二の創造になる」
それを人生で体験した
瞬間でした。
「どうせ私なんて」から
「人の可能性を応援する側」へ
講座を卒業する頃、
私の中のパラダイムは大きく変わっていました。
「どうせ私なんて」
という卑下の習慣が
薄れていったのです。
そこから私は、
学びを“伝える側”になることを決めました。
ママ友 2〜3人から始めた実践会。
参加者がたった一人の時も
コツコツ続け、
今では
通算1,000回以上
延べ1,000名以上 に。
その場で、
多くの人生再生に立ち会ってきました。
実践会で出会った“家族の命を救った”ケース
一人のお母さんと息子さんの
深い物語に立ち会った時のこと。
医者の家系で育った息子さんは、
3浪しても医学部には行けずに、歯学部へ。
自分自身のやりたいことではない一方で、
期待と重圧から
アルコール依存とうつを発症。
7つの習慣実践会中、
お母さんがご自身の関わり方が
「条件付きの愛」と気づきました。
実はその時、
数日間、息子さんと
連絡がつかない状況だったのです。
それに気づいた瞬間、
遠方で大学生活を送る息子の元へ
すぐに駆けつけました。
駆けつけた時には、
あと1日発見が遅ければ…
というような
危険な状態でしたが、
「無条件の愛」に目覚めていた
お母さんの愛によって
見違えるほど回復しました。
裁判寸前の相続問題も、
Win-Winで解決した実践会のケース
弁護士まで立てた
相続トラブルの相談を受けた時も、
実践会の参加者だったので、
7つの習慣の実践を改めて一緒に確認しました。
● 自分の軸を整える(第1〜第3の習慣)
● 相手も大切にしながら話し合う(第4〜第6の習慣)
を愚直に実践したことで、
裁判ではなく
全員が納得する円満解決 に至りました。
しかし、
これは一朝一夕でできるものではありません。
頭で理解していた方が、
トラブルハプニングの際に、
全く実践できず、
その波にのまれ、
多くの人との関係に亀裂が入った
事例も見てきました。
実践会でコツコツ一緒に実践してきたからこそ、
実行することができたのです。
専業主婦から、夫と会社を設立するまで
私は中学校の教員から
結婚を機に専業主婦となり、
十数年子育てに邁進してきました。
パートもしたことがなかったものの、
7つの習慣実践会を始めてから、
相談を受けることが増え、
講演依頼や企業研修
(介護施設、歯科医院、保育園、化粧品会社など)
へ広がりました。
かつて付箋でしか会話できなかった夫と
会社を設立する未来 へ。
コロナ禍で、
法人研修はキャンセルが相次ぐような自体の中でも、
1件のキャンセルもなく継続。
学びが、
夫婦と仕事の両方を再生させてくれました。
わが家は「人が自分を取り戻す場所」に変わった
今では
全国から仲間や受講生が
我が家に泊まりに来ます。
特別な名前はありませんが、
訪れた人が
・自分の方向性を取り戻し
・新しい挑戦を始め
・夢を実現していく
そんな
“変化の場”になっています。
7つの習慣アカデミー協会は、私を救ってくれた場所
私が9年間続けてこられたのは
協会の
“場の温かさ”のおかげです。
誰かをジャッジしない
肩書や年収で人を区別しない
一人ひとりの
「ありたい姿」を見て関わる
これらの空気が、
私を救ってくれました。
主婦も、
上場企業の経営者も、
同じ“学ぶ仲間”。
こんな場は他にありません。
50代からでも、
人生は何度でも大逆転できる
私は50代で学び始め、
還暦手前で
夫と会社を設立しました。
もし7つの習慣に出会っていなければ、
私は今も
・夫を責め
・子どもをコントロールし
・自分を卑下し
・不安で毎日を埋め尽くし
そんな人生だったと思います。
でも原則を
実践し続けたことで、
家族も、仕事も、人生そのものも
静かに、
確実に変わっていきました。
「もう歳だから遅い」
そんなことは一つもありません。
私自身の人生が、
その証です。



